KOHYEI PROJECT STORY
#03
営業開発推進部
齋藤 大
KOHYEI PROJECT STORY #03
営業開発推進部の一大プロジェクトとして、グループ会社の新工場建設が決定。完成までの道のりや取り組みなど、リーダーに聞く。
弊社のグループ会社である日本ジッパーチュービングの、新規事業も視野に入れた工場を神戸に作りましょうというお話があり、15,918㎡の広大な敷地面積で2階建の新工場を建設することになりました。このプロジェクトの取りまとめ役として、指名されたのが始まりです。まず神戸市役所、これが土地の売主ですね。そして造成から建設までを手がけるゼネコン、もちろん、このゼネコンにも双方コネクションがある。神戸市は期日までに完成して支払ってもらいたい、ゼネコンも期日までに全てを完了させたい、我々は施主、依頼する側なので、当然弘栄貿易の取り扱い商品を使いたい、これらせめぎ合いのバランスが一番難しいところでしたね。会社の取りまとめとして、扱って欲しい商品を各部署に声をかけて集め、それをゼネコン側に上手く採用してもらうようにお伺いを立てて折衝する。
予算も期日もありますし、なかなか苦労しましたね。資材としては、耐震補強の基礎工事から、コンクリート関連、屋根・壁の外装、設備工事、塗り床や壁などの内装工事、アスファルト関係等の外工工事まで幅広いカテゴリーがあり、中でも空調設備、内装パネル、車止めが採用になりました。工期の全体をコンサルも絡めて決め、設計段階から参加して、取扱商品の選定やゼネコンとの事前準備も含めた根回しで約1年半、さらに土地の造成や地盤に杭を打つところからスタートし、完成までにちょうど1年をかけた一大プロジェクトでした。
このプロジェクトの一番の課題は工期。工業団地への誘致で期限が決まっているので、効率的なスケジュール、工期全体の流れ、行政の確認も含めた基本計画から、建設、工場完成と生産設備の稼働確認及び旧工場からの引越し完了に至るまで、全てが大変でした。それに伴う社内調整も大掛かりでしたね、かなりの部署にまたがっての取り組みだったので。まず、どれくらい弘栄貿易として使って欲しい資材があるかのリストアップに始まり、その選定から採用された資材の調達等を担当にある程度任せながら、段階ごとに工期に間に合うようにすり合わせたり、手配や段取りも骨が折れましたが、各所の協力がなければとてもできなかったと思います。工事がスタートしてからも、工程の進捗管理から、寒い時期や暑い時期、季節的なことを踏まえての作業員の確保や配置など、その都度調整が必要な現場周りのことまで、一人で細かな対応をしていたので、商社の中でゼネコンをやっている感覚でしたね(笑)。
あとは、安全性や耐久性にももちろん配慮し、生産性を最大限に発揮できる工場にすることを前提に動いていました。日本ジッパーチュービングとしてふさわしく、スムーズに工場稼働できる状態になっているかどうか、機械や設備の位置関係は問題ないかなど、生産設備、建築、ユーティリティのバランスを考えて検討を行いました。やはりグループ会社の新工場だけに失敗できない。完成後、10年、20年先も考えて計画を立てて提案しなければならない。ゼネコンの起用も、グループ会社との長年の関係性がある会社なので、その意思も尊重しながら、機を見て根回ししつつ、引くところは引いて、こちらの要望も上手く通す。そういうやりとりはもちろん、最終的なゴールへ共通認識をしっかり持つことも常に意識していました。
宅地造成、工事責任施工部門以外で、工場新築における設備、外構、システム等、様々な種類の資材を提供できること自体、幅広い分野で繋がりのある、弘栄貿易のノウハウと人脈、総合力があってのことだと思います。また、取りまとめを任された者として、これまでの知見を結集して仕事に当たったこと。転職して場所は変われど、個人としての専門的なネットワークも弘栄貿易とは違った部分で活かせたこと。
経験があった分、あらゆる場面で判断するのが早かったことも相乗的に良い方向に働いたと思います。領域ごとに全て同様の説明をしなければならない場面でも、業界の仕組みを知っているからこそ対応できる。役所、コンサル、設計事務所、ゼネコンの各部署、工事現場、時系列的には同時進行でやらなければならないので、分かっていないと厳しいですね。相手の都合もありますし。しかも、ゼネコンでいえば購買部がいて、設計部がいて、工事現場の長がいて、設備の場合は電気工事会社が入ったりと、契約する人、やる人、現場の人が違うのも厄介なところ。お金の話はこっち、作業の話はこっちと、真ん中に立って交通整理しながら方向性の是正や、リソースの配分を決めることが重要です。会社として細かなことは言わずに任せてくれたので円滑に進めることができ、そこは本当にやりやすかったですね、指示系統が多数に及ぶことなく、一任していただいたので出来たんじゃないかと。
私にとっては、「人・物・金」の流れが規定期間内で完了することを念頭に、工場引き渡しまでの全てのプロセス、階層別に個々の立場を考慮しながら、常時神経を使い行動しなければならないプロジェクトでした。初めはお断りしたかった。正直これだけの規模の仕事をまとめられないと思いました。もちろん、決定してから勉強しなければならなかったこともあります。しかし、人生で一度あるかないかの大きな案件、この様な機会があることがラッキーでした。白羽の矢が立った意味を考え、培った経験を出し切る覚悟で挑戦し、23歳からの人生を全部詰め込んだ仕事だったと言えます。やりきったことで自信に繋がり、また経験値が上がったと感じました。
達成感もあり弊社グループ内でも存在意義を感じると同時に、取引先との関係性や信頼など、会社の持つブランド力も実感しました。やはり一人では出来なかったことでもあり、弘栄貿易という組織力とサポートがあって成し得たプロジェクトでした。思うように自由にやらせてもらいましたが、多分、社長がいろんなクレームを密かに潰してくれていたのではないかと思います(笑)。
営業開発推進部:齋藤 大
大手専門商社で大手メーカー担当等を歴任後、弘栄貿易へ。機能化学品・合成樹脂・インフラ関連の幅広い経験を活かし、当プロジェクトのまとめ役に抜擢。